テッド・チャン「七十二文字」 byシジジイ

おくればせながら、やっと、テッド・チャンの短編集「あなたの人生の物語」ハヤカワ文庫 を読んだ。
先日のマウスの単為生殖に関する日記を書いた直後に、この本の五番目に収録されている「七十二文字」を読み始めたのだが、あまりにタイムリーな内容で、読みたいと思いながらこの本を手にするのが遅れていたことすらなにか意味のあることだったのじゃないかと思ってしまった。

グレッグ・イーガンと並べられることの多いチャンだが、イーガンが筋金入りのハードSFであるのに比べ、チャンの作品に対しては読む前に、タイトル等からファンタシー寄りであるような印象を持っていた。
読んでみると、確かに舞台設定はファンタシーであるのだが、その舞台で繰り広げられるのは、あくまでも科学的問題を科学的思考や方法論で解決しようとするお話で、このあたりのさじ加減が非常に心地よかった。
個人的な趣味の話になるが、「なんだかわからないけど、古い机の中からみつけた古い切手と便箋でお手紙書いたら、昔の人と文通出来ちゃった!」みたいな話が私は苦手なんである。

「七十二文字」はチャン本人によると、無関係だと思っていたゴーレムと前成説の二つのアイデアの関連に気づいた時にうまれた作品だそうだ。
舞台となる改変世界ヴィクトリア朝では、無生物を命あるもののように動かすことのできる「名辞」を司る命名師が非常に重要な役割を担っている。
若き命名師ストラットンも焼き石膏で成形された人形に「名辞」を与え、自動人形「オートマトン」化する仕事に携わっていたのだが、ある日人類の存亡に関わる重大な任務が課せられ、生命の誕生のための「名辞」を研究・解析することとなる。
といったようなストーリーなのだが、この生命の誕生のために彼ら命名師が行う研究や実験の数々が、先日のマウスの単為発生実験を彷彿とさせるのだ。
現代の生命科学の現場で行われていることは、まさに卵子に微小な針で「名辞」を刻印するのと同じ行為なのかもしれない。
この現実との微妙な絡まり具合がすごくいいのだ。

SFは話全体が荒唐無稽であればあるほど、細部にさもありなんと思えるリアリティがなければつまらない。
早くチャンの新作が出ればいいのにな!