虫けら様

虫けら様

虫けら様

なんの情報もなく、作者の名前すら知らなかったのだが、ここ十年でいちばんのヒット。手放しの一冊だ。賞賛を惜しまない。
花輪和一とか、近藤ようことか、日野日出志とか、ひさうちみちおなどを初めて読んだときみたいに心ふるえた。(日野日出志の『蔵六の奇病』については愉快な青春の思い出があるのだが、それは割愛)
目黒駅の上の有鱗堂で『虫けら様』の背表紙を見た瞬間、体のどこかをぐっとつかまれた感じがした。こういう感じは久しぶり。横着をしてAmazonで本を頼んでいたらすっかり本屋に行く回数が減って、本選びの神様に見放されていた。最近、また本屋にせっせと通うようになったので、少し勘が戻ってきたのかもしれない。などと偉そうに書いても、2002年に出ている本なので、今日までこの本を知らなかったのは不覚としか言いようがない。

虫を描いた幻想譚集なのだが、様々な虫の世界やリアルな習性を一度作者が消化して、再び構築しなおし、その不思議な世界を丹念な絵で描いてある。だから、本当の虫とはちょっと違うのだけど、でも、虫からかけはなれてもいない。そこらあたりの事実、ここでは正確な虫の習性ということだが、それとお話の混ざり具合がなんともいえず絶妙。

最初の作品「瓢箪虫」を読み始めてすぐに、この作者はなにか特定の虫が好きなのではなく、全ての虫が好きなのだとよくわかる。
逆縁となってしまい、父一人が子を見送る通夜の話「一人娘」は何度読み返しても鼻の奥が痛くなる。他にも「山の幸」もいい。「稲虫」もいい。なんのことはない、全部いい。


巻末の近藤ようことの対談で、作者はこう言っている。
「虫は魂を運ぶ、ということを私は本当に信じてまして」
ほんとうにこの人は虫が好きなのだな。確かに私も鳥に魂を運んでもらうより、虫に運んでもらうほうがいいな、と思う。