浅倉久志さん 柳下毅一郎さんトークショー
国書刊行会 R・A・ラファティ「宇宙舟歌」刊行記念
「ラファティの魅力を語る」
浅倉久志さん 柳下毅一郎さんトークショー
日時 11月10日 会場 三省堂神田本店
一夜たってもまだ興奮さめやらぬ私である。なにしろ、あの浅倉久志さんにお会いしたのだ。こんなことをいまさら口にする人もいないが、私は浅倉久志という名前が、アーサー・C・クラークを元にしていることに気がついたときの大発見したような気持ちを覚えている。エドガー・アラン・ポーから江戸川乱歩にするより、日本人の名前としては無理がないな、などと子供心に思ったものだ。そんなことを考えた自分が今思うとちょっとおかしい。
大森望さんによれば、浅倉さんが人前でしゃべるのは十年に一度なんだそうだ。
開演時間ぎりぎりに会場についた私は残り少ない空席を探していちばん前に座る。(なぜこんな大事なイベントにぎりぎりに到着したかは、ちょっとしたわけがあるのだけど、それはさいごに)
「宇宙舟歌」の訳者の柳下さんと、司会進行役の大森望さんにはさまれて照れくさそうに笑いながら目の前にお座りになってる浅倉さんを見たとたん、私の内のどこがどう刺激されたのか鼻の奥が熱くなった。この人の翻訳なさったものをいったいどれほど私は読んできたことだろう。こんな風ににこにこ笑う優しそうな方だったんだ。
トークショーが始まってすぐに浅倉さんがどれほどシャイで謙虚な方かよくわかった。とにかく「よくわからない」と「全然わからない」と「恥ずかしい」を連発なさるのだ。なるべく浅倉さんの言葉そのままにメモしてきた。ほとんどの場合、語尾は消え入るように終わっている。
まず、ラファティについて
(翻訳する作品を探すために原語で読んで)
「トマスモアの大冒険は全然わからなかった…宇宙舟歌はホメロスと聞いただけで後ずさりが始まって…詩が入ってるだけでもうだめだなと…」
(柳下さんの、ラファティの英語はどうですか、あまり名文じゃないですかね?の問いに答えて)
「そうなんですかね。それはぼくにはわからない。むずかしいか簡単かそれしかわからない」
(大森さんの、浅倉フィルターを通すとラファティはわかりやすいですよね、との発言に答えて)
「かなりごまかしているのでどうか大目に見てください」
アブラム・デイヴィッドスンについて
「こんなむずかしいもの訳したのはジーンウルフ以来」
「ラファティは最初からたががはずれているからいいけど、デイヴィッドスンは常識的なところもあるので、なにか意味があるのかと思うけど、全くわからない」
「ナポリをみたときはどうしようかと思った」
11月刊行ハヤカワ文庫の「スキャナー・ダークリー」について
「わからないところは山形さんの訳をカンニングしながら訳しました」
来夏国書刊行会からご自分のエッセイ集がでることについて
「恥ずかしいですね、ほんと」
(刊行したらまたトークショーしましょうという柳下さんの言葉をうけて)
「出さないことにしよう」
さて、トークショーの最後にサインをいただけることになった。柳下さんにはもちろん「宇宙舟歌」にしていただく。
そして、浅倉さんには、本来ならば新刊の「どんがらがん」にしていただくべきなのだが、迷った末、もう色あせかけているハヤカワ文庫の「高い城の男」にいただく。これこそが、私がトークショーに遅刻しそうになった理由だ。もしサインがいただけるとしても「どんがらがん」にもらうつもりだった私は、でかける間際になって急に、迷い始めたのだ。「どんがらがん」は短編集なのでいろいろな方が訳をしてらっしゃる。
一冊丸々浅倉さんの訳で、昔から自分が大事にしている本にサインをもらいたい。それが許されるかどうかわからないが、持って行くだけ自分の本を持っていってみよう。そう思って選び始めたのだが、ヴォネガットの「タイタンの妖女」、ハインラインの「自由未来」、バラードの「奇跡の大河」、ティプトリー、そしてディックのどれか、で迷いに迷い時間ばかりかかってしまった。
先日、未来の文学のパンフレットに伊藤典夫さんが書いてらしたのを読んだときも思ったのだが、海外SFをちょっとでも読んできた者にとって、浅倉久志さんと伊藤典夫さんは別格の存在だと再認識した。
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