仏像 一木にこめられた祈り@国立東京博物館

一木彫(いちぼくちょう)の仏像ばかりを集めた特別展である。

国宝の十一面観音菩薩立像(滋賀・向源寺蔵 渡岸寺観音堂所在)が公開される後期を待って訪れた東博は、若冲のときほどではないが、それでもけっこうな人出だった。

一木彫というのは必ずしも像の全てが接がれることなく一本の木から彫りだされてなくてもいいのだが、それにしても、大きな制約の中で製作されていることは間違いない。
この一木彫という観点で集められた仏像群を見ているうちに、仏像にとって腕が非常に大切なものであることがわかる。腕が広がりを持っていない仏像はどことなく申し訳なさそうな印象を与える。霊木であったためか、なにがなんでも一木から全てを彫りだそうとしたばかりに、まさに文字通り肩身が狭い仏像もある。
そういう中では国宝の十一面観音は破綻のない完璧なバランスを見せている。国宝は国宝だけのことはある、といういつものセリフをまた口にしてしまう。

いままで仏像を見る際、お顔立ちと衣部分の布の質感やうねりばかりが気になって仕方なかったのだが、今回は腕が気になって気になって仕方ない展覧会だった。