「宮廷のみやび 近衛家1000年の名宝」展 @東京国立博物館

酒井抱一の『四季花鳥図屏風』を見ようと、先週、上野へ出かけた。
会期ぎりぎりになったので、平日なのにずいぶん混雑していた。


国宝の『御堂関白記』を見て、その場では、実に整然とした日記の書き方を当時もしていたのだな、とびっくりしたのだが、今日になって、出品目録を眺めていて、『御堂関白記』に寛弘四年下巻とか寛仁二年上巻とか付してあるのを見て、はっとした。はっとしてはみたものの、それからが暗中模索で、なんだっけ、なんだっけ、とネットをぐるぐる回ってやっとわかった。あれは、具注暦に書き込まれていたんだ! あーあ、もっとよく見ればよかった。見ても読めはしないのだけど。
最近、頭のどこかとどこかにある情報が、どんどん結びつかなくなってきている。若い頃はなんの根拠もないのに、スパッと必要な情報と情報が結びついたりしていたのに。と嘆いてみても仕方ないけど。


書の展示が多い展覧会だった。書についてはなにも知らないのだが、江戸時代に近衛家熙が、原本に立ち返っては書写をしているのを知って、ちょっとだけ、書の世界を覗いた気がした。


それから、勘返状というものも今回よくわかった。これは、誰かから来た手紙の、その行間に、返事を書いてある書状のことで、今、私たちがよくやる、相手からきたメールの文面に、>をつけて引用して返事をするのにたいへん似ていると思った。


抱一の『四季花鳥図屏風』は、つい先日描かれたかのように隅々まで美しく鮮やかだ。
夏も秋も冬もすばらしいのだけど、でも、春が好きだ。春の部分のつくしやレンゲの可憐なかわいらしさには、つい微笑んでしまう。


追記
ここを読んだ友人から、『御堂関白記』が具注暦に書き込んであることは会場の説明にあったよ、というメールが届いた。え〜、どこにそんな説明があったんだろう。どうも最後のほうにあったらしい。見落としてしまったのだろう。がっかりだ。
最後といえば、展示のおしまいに、明恵上人の『夢記』があった。明恵上人が若い頃から死ぬ間際まで書き続けた夢の記録である。架空の書物が突然目の前に置かれたような、そんな気がしてうろたえた。