熱帯 佐藤哲也 byシジジイ

『その夏、かつてない熱気と湿気とが東京上空を覆い、想像を絶した酷暑が都民を襲った。』

これってSFでいいのかな。水棲人でるし…いまさらなんですが。
熱帯 佐藤哲也 文藝春秋Amazon

佐藤哲也さんの奥様の佐藤亜紀さんて「バルタザールの遍歴」Amazonの作者なんだよね。そうだろうな、とは思っていたけど確信ないままだった。すぐ調べられるのにそうしないのは悪い習慣だ。「バルタザールの遍歴」は夢中になって一気読みした覚えがある。
この「バルタザールの遍歴」で1991年にまず奥様が第三回ファンタジーノベル大賞を受賞なさり、だんな様は二年後の1993年に「イラハイ」で第5回を受賞なさったわけですね。

さて、佐藤哲也は「妻の帝国」等で前から気になりながら、この「熱帯」が初めて読む作品。いきなりしょっぱなからパロディ満載の佐藤哲也ワールド(なんだと思う。初めてなのでよくわからない)にひきづりこまれる。あんた大ウソつきやなあ、と突っ込みたくなるようなネタが次々繰り出されるのだ。
いや、小説なんてどれも大ウソに決まってるのだけど、なんていえばいいんだろう、この人の大ウソは最初からリアリティなんか全然眼中になくて、だけど、よーく作られていて、気がついたら、まっ、こういうこともありってことで、いいか、いいかと先へ進まされてしまう。

この小説のあってなきがごとしのストーリーは、「ないことにしてしまいたい事柄」を扱い保管するお役所「不明省」を中心に展開する。不明省は雑多な事柄を行き当たりばったりに分類、保管してきたがゆえに、管理システムがパンクしており検索すらままならぬ状態に陥っている。そこで、システム会社赤井屋にシステムの新構築を外注するのだが、これが難事業の上に、時々神々に混乱させられるので十年を迎えようとしているのにいまだ完成をみてない。
一方、不明省の管理する国家の最高機密「事象の彼方」を巡って、日本快適党やら、CIAやら、KGBやら、水棲人やらが、熱帯化した東京で文字通りやみくもに暗躍する。

作中、夜のテレビ番組「プラトン・ファイト」では、感性的経験からは認識することができないので、見ている者にはなにが起こったのかまったくわからない「アリストテレスの形而上責め」が炸裂し、日曜の朝の番組では主体獣と戦う「弁証戦隊ヘーゲリアン」が嘔吐空間にひきづりこまれそうになる。
えっ、なんのことかわからないって?
そうなのだ、私もヘーゲリアンに爆笑しながらつくづく思った。
佐藤哲也という作家に触れなければわからない世界がここにある。