明治賢人研究会

昨日は久しぶりの明治賢人研究会だった。少人数だったこともあり、前回に引き続き、『明六雑誌』本編には入らず、周辺事情など。
近代化によって、雑誌の読み手が生まれ、その受け手へむけて発信することができるようになったというような話から、雑誌というメディアがつい最近までもっと力をもっていたというような話になり、当然話は『遊』と『エピステーメー』へと移った。移ったとたん、雑談が雑談を呼び、T氏の卓犖奇偉の論とどまるところを知らず、夜は更けていったのであります。

明六雑誌 (上) (岩波文庫)

明六雑誌 (上) (岩波文庫)


ところで、『エピステーメー』はともかく、『遊』はわりと本を読む高校生や大学生の間では普通に読まれてたような記憶があり、どうも今の若い人の間で伝説になりすぎているような印象を持っていたのだが、それは、私自身が、SFとか幻想文学とかオカルトの延長線上のものとしてしか『遊』をとらえておらず、思想や哲学的なるものについてはすっかりとばしてしまっていたからかもしれないな、と気がついた。

「この春はどんな洋服を着ればいいのかしら」とファッション雑誌をめくるように、「次はどんな本を読めばいいかしらん」と『遊』をめくれば、人名やら書名やらが、ざっくざっくと出てきて、興味にまかせてあっちにふらふら、こっちにふらふら、なんの指針もなく気の向くまま読んでいると、いつのまにか、うっすらと網目のようなものが出来はじめ、なんとなく自分なりの大雑把な傾向がもわもわっと塊になっていったような気がする。
私の場合は、その後、荒俣宏の「理科系の文学誌」が出て、このもわもわっとした塊がはっきりとした輪郭を持つこととなった。

理科系の文学誌

理科系の文学誌