なくしたもの

今までこの男のどんな情けない姿も女にとっては愛おしいものだったが、今回だけは少々違っていた。
いい年をして社交場で女子供に芸のない下ネタをねだられている男に愛おしさは感じられなかった。男はその社交場で人気者なのだそうだ。下ネタがいやなのじゃなかった。そういう用に男が呼ばれていくのがほとほと情けなかった。
男にその情けなさを伝えると、案外あっさり、もう社交場にはいかないよ、と応じてくれ、女は安堵したが、翌日から、使いの者がやってくるようになった。早く社交場に来て、品のない話に興じてくれということらしい。男が家の中に隠れていると、今度は女子供が門のところにやってきて、出て来い、出て来い、と囃し立てる。男はそれでもじっと隠れている。
隠れている男をみているうちに、無様な男が価値を下落させていくのは、無様であるゆえではなく、エロスをなくしてしまうからだと気づいた。女の願いを聞き入れてじっと家に隠れている男にはたいそう気の毒だとは思ったが、エロスをなくした男が、どこへ行ってなにをしゃべろうがもうどうでもいいような気がした。