清やん、さようなら。

今日も唐突な話

清やんが今朝死んだ。清やんがほんとうは清女さんだというのを知ったのはずいぶん大きくなってからだった。
清やんは小さな人だった。


清やんが生まれ育った家はもうずいぶん前にダムに沈んだ。
清やんのお母さんは狐にだまされて肥つぼのお風呂に入ったことがある。


清やんは勉強がよくできたし、赤ん坊の時から足も悪かったので、小学校の校長先生が女学校へ行かせてくれようとしていたのだが、その校長先生が遠くに引っ越してしまい、誰も進学の後押しなどしてくれる者もなく、高等小学校を出るとすぐに奉公に上がった。


清やんは「坊やちゃん」のネエヤになって、毎日幼稚園の送り迎えをしたり、遊び相手をした。「坊やちゃん」は幼稚園に行くのが嫌いだったので、毎朝、なだめたりすかしたり大変だった。「坊やちゃん」のお母さんは病弱で、奥の座敷で寝ていることが多く、ネエヤはなかなか忙しかった。


戦争が終わって、ネエヤなんて職業がなくなったので、清やんは結婚した。たまたま嫁ぎ先が「坊やちゃん」の家のそばだったので、「坊やちゃん」が結婚すると、またなにかと出入りするようになった。「坊やちゃん」に娘ができてからは、昔のように、「坊やちゃん」一家の世話をするようになった。町からお嫁に来た若い奥さんはこの土地や家のしきたりなどなにも知らず、教えることはたくさんあった。


清やんは「坊やちゃん」の娘の「じょうちゃん」も幼稚園へ送り迎えした。「じょうちゃん」は「坊やちゃん」よりもっと幼稚園が嫌いで年の半分も通わなかった。
清やんは達筆だったので、「じょうちゃん」に字を教えたけれど、「じょうちゃん」はあまり字が上手にはならなかった。

手元には六年前にもらった清やんからの手紙がある。「左目が見えにく成り、字が読みにくく お許し下さいませ」と、確かに読みづらい字で書いてある。