ブレイブ・ストーリー

二月一日から三日にかけて、都合15時間ほどを読書をして過ごすしかないという願ったりかなったりの状況に置かれた。ただ、ちょっとした精神的なプレッシャーを抱えながらの読書なので、なんでもいいというわけにはいかなくて、軽めの読み物を選ぶ必要があった。それと、できれば文庫になっているものがよかった。

選んだのは宮部みゆきの『ブレイブ・ストーリー』上・中・下 と伊坂幸太郎の『オーデュボンの祈り

ブレイブ・ストーリー』は少年の勇気と友情の大冒険物語だ。しかし、まずは少年の現世での日常が、丁寧にリアリティを持ってきっちりと描かれていく。そして、そのリアルな日常から、ちょっとした段階を経て幻界での冒険談にスイッチしていくのだが、ひねた大人の読者である私などにも、しょうがないな、この話に乗って幻界へ行ってみるかと思わせる手法は絶妙だ。
冒険談は読んでいてひたすらおもしろく、手に汗握ることもあれば、お約束通りの進展に安心することあり、そして、思わず涙を流してしまうこともありで、他の宮部作品同様、安心して読み進めばよい。
ただ、この少年のお父さんの話の部分だけはクセモノだ。この少年のお父さんは現世で突然家族を捨てる。昔好きだった女と再会し、自分がどうしても手に入れたいものはその女との生活だと気がつき、それがどれほど自分勝手なことであるか承知の上で、妻も子供も捨てるのだ。
そして、現世の人間の想像力が作り出した幻界でも、父親と同じ顔の男が、妻と幼い娘を捨て、愛する女との暮らしを選ぶ。少年は自分の父であって、父ではないその男を、子供がどれほど辛い目にあっているか考えろ、と責めるのだが、男はひるむどころか、子供がどうした、オレは一度手に入れたこの愛を手放すことなんかできない、おまえだっていつかわかるはずだ、と少年に憎悪をむきだしにして言い放つ。
最終的に少年は運命の塔にたどり着き、女神様にひとつだけ願い事をすることを許されるのだが、自分たち家族三人の楽しい生活を取り戻すことではなく、魔族に滅ぼされそうな幻界の平和を取り戻すことを願う。そして、冒険を終え、母の元に戻り、父親がいなくても強く生きていこうと提案する。
見方によっては、この作品は、勇気や友情こそが必要で、それがあれば、父親なんか必要ない、と言っているようにも思える。ついでに言えば、妻というものが、あまりに依存的で、愚かで、あさましいものに描かれ過ぎているきらいもある。
まあ、しかし、そうだからといって、この作品の面白さは少しも損なわれない。安定した筆運びは、読んでいる間中なんのストレスも読者に感じさせることなく、上中下巻を読破するまでの十時間ちょっとを間違いなく退屈から救い、しばし、気の重い問題を忘れさせてくれるほどに、充分に心地よく楽しい。

ブレイブ・ストーリー (上) (角川文庫)

ブレイブ・ストーリー (上) (角川文庫)