なつかしい居酒屋

ただ、ビールが飲めれば良かったのだから、なにも「さ○ら水産」に入ることはなかったのだ。腰を落ち着けて飲もうとか、しっかり食べながら飲もうとか、そういう気が一切なく、喉が渇いていたし、同行者と知らない街で別れる前にちょっとビールが飲めればそれでよかった。
勝手のわからぬ街で、とりあえず駅の方へ行けばなにかあるだろうと歩いていたら、チェーン居酒屋が何軒か入ったビルがあり、その中で「さ○ら水産」だけ、私が未踏の居酒屋だった。
行ったことがないからという理由だけで「さ○ら水産」へ行こうと提案する私に、「さ○ら水産」経験者の同行者は一瞬、戸惑っているようだったが、私の気分は「土風炉」でも「月の雫」でもなかった。

店内は明るかった。そうだ、居酒屋はかつてこんな風に煌々と明るく照らされていた。最近の居酒屋はどうしてあんなに暗いのだろうか。まあ、暗いほうがいいこともあるけど。
席につくと、多彩なメニューが写真とともにコンパクトにまとめられている。一覧性がとてもいい。
なぜだかわらないけど、ここらあたりで私は楽しくて仕方なくなっていた。
安い。何もかもが無茶苦茶安い。ビールが高くて贅沢品に思える。今日のおすすめから290円のお刺身を頼んでみる。イワシは色が変わっていた。ヒラマサの刺身というよりも、ヒラマサ風刺身だった。でも、別にそれがどうした、という気分だ。

ちょっとビールを飲むだけのつもりだったのに、妙にハイになってしまい、二人はいつしかチャレンジャーに変身していた。メニューを仔細にながめ、一番安いメニューと一番高いメニューを探してみる。らっきょうが80円。うにが390円。
グラスワインが一杯180円であることをみつけ、早速頼もうとする私に、同行者が、オリジナルワインがボトルで500円であることを伝える。しかし、よく見ると1本630円のスペシャルワインがあるではないか。よし、これだ。お店で一番高いワインを、しかもフルボトルで頼んだことなんて初めてだ。
嫌味でもなんでもなく、このワインは悪くなかった。おいしいワインだったと言ってるわけではない。でも、決して腹が立つような代物ではない。ボトルの後ろには、「メルシャンが外国産ワインと外国産ぶどうジュースを使って、工夫して作りました」というような意味のことが説明してあった。
学生の頃、いや、社会人になっても、こんな居酒屋でよく飲んでいた。なつかしさが私をはしゃがせる。たぶん、キッチン南海に行ったら、同じようなはしゃぎかたをすると思う。

イカのゲソ揚げと、ちくわの磯揚げをつまみに、このスペシャルワインを全部飲んで、ついでに、グラスワインもさらに頼んで、かなり酔っ払った。でも、悪酔いした感じはない。
そして、こんなところでなにをしているのだとおかしくなって、気分よく同行者と別れることができた。


これだけ飲んで、一人二千円くらいだった、と思う。実はよく覚えていない。