里見 トン短編集 『恋ごころ』

恋ごころ 里見トン短篇集 (講談社文芸文庫)

恋ごころ 里見トン短篇集 (講談社文芸文庫)

「恋ごころ」「妻を買う経験」「縁談窶」「やぶれ太鼓」「大火」の五編が入った短編集。


どれもおもしろくて次々読んでしまうが、なんといっても「縁談窶」がすごい。
主人公の阿野が、亡き友人の娘が縁談でやつれていくのに、胸を痛める話なのだが、阿野の人物設定があまりに完璧で驚かされる。
阿野だけでなく、未亡人である友人の妻も、友人の娘も、阿野と共に暮らすお藤も、くっきり描かれている。思わせぶりなあいまいさがない。おさまるところに、気持ちよくおさまっている。
「すごくうまい短編だ」と言ってしまえば簡単だし、事実そうなのだが、そんな偉そうなことを言う気にはとてもならない。そんな小説だ。
「やぶれ太鼓」も感嘆するばかり。