長谷川潔展
横浜美術館の生誕120周年記念「長谷川潔展」は、久しぶりに行ってよかったと思えた美術展だった。
単なる銅版画の手法名である「メゾチント」という言葉に、詩的で幻想的な意味を迷わず感じてしまうのは、長谷川潔とセットになっているからだ。
長谷川潔の作品をこんなにたくさんまとめて見たのも初めてだが、長谷川潔がどんな一生を送った人だったのかを知ったのも初めてだった。
裕福な家に生まれ、早くに両親を亡くし、瀟洒な洋館に弟と住み、大正7年に渡仏して、昭和55年に亡くなるまで日本には一度も戻ってきていない。
展示のいちばん最初にこのことを知り、深く感じ入る。
まったく知らなかったことをこう言うのもおかしなものだが、ああ、やっぱりそうなのか、と思った。
戦時中にもフランスに留まることで、苦労も憔悴もあったようだが、それでもやはり「お話」のような人生だ。
才のある人の人生は「お話」だ。
楽しいお話だけでもないし、嫌なお話もあるけど、やはり皆「お話」なのだ。
六十年以上、日本に帰ることのなかった長谷川潔は、写真を見るとまるでフランス人のよう。けれども、晩年の文章を読むと、詩的な内容が、美しく狂いのない日本語で綴られていることに驚く。
メゾチントつながりで、これを思い出す。
これは一家に1セットあるととても便利。たいへんおすすめ。
あ、今気がついた、夢野久作、澁澤龍彦、岡本かの子、久生十蘭が品切れだ。内田百輭や鏡花はあるのに。ふーん、そういうものなのか。
写真の犬は、今、うちで預かっているかわいこちゃんのキキ。
こんなかわいい犬を捨てるって、どういうこと? と思うが、どんな犬も捨てられるときは捨てられる。
一年と数か月、飼育放棄犬を預かり、里親さんを探すお手伝いをしてみて、よーくわかったことである。