愚痴

明日が応募の締め切りだというのに、軟弱な短編恋愛小説をいまごろまだつつきまわしながら、グレッグ・イーガンの『ディアスポラ』を読んでいると、なんだかもう絶望という名にも値しないグダグダの感情が勢いもなくグジュグジュとまわりを取り囲む。

ディアスポラ』が悪いわけではない。実に傑作だ。おもしろい。いきなり第一部の「孤児発生」でわけもわからず心ゆさぶられる。自分の感動ポイントに若干の疑問は生じないわけではなかったが。これについては、もっとちゃんと読んでから感想はまた書こうと思ってる。

ああ、それで、軟弱な恋愛小説なんだけど、べつに主催者は(軟弱な恋愛小説)を応募してくれと言ってるわけではない。とある場所のイメージアップにつながれば、骨太でも、奇想でも、コメディでもなんでもいいのだ。それなのに、なぜこんなことになってしまうのか。恋愛小説を書こうとするとガマガエルが参拝に訪れた女人に邪恋するような不道徳なものしか思いつかない。今回のようにイメージアップにつながる清浄な恋愛を求められると弱り果てる。どこかおかしいのかもしれない。清浄な恋愛経験がないのだろうか、もしかして。

しかし、そんなことよりも、なにがいけないといって『ディアスポラ』のような傑作を読みながら、自分の書いたものを推敲していることだろう。