細江英公の世界@東京都写真美術館

今年最後の美術館かな、と思いつつ、雨の夕方恵比寿へ急ぐ。大荷物の同行者と恵比寿駅から動く歩道上の人となり、恵比寿の喫茶店についてひとくさりしているうちに、クリスマスイルミネーション輝くガーデンプレイスに到着。


三島由紀夫を被写体とした「薔薇刑」は何度見ても見慣れるということがない。見ているこっちが恥ずかしい。でも、胸を張って言おう。私は三島の大ファンだ。
三島の作品と、ここに写っている三島本人に共通する、虚構を装った心の底のあからさまな欲望をこれみよがしにする姿勢がかっこいい。おかしなことになっていてもかっこいい。
同行者が良いことをいったのでメモしておこう。
「三島にとって、三島の作品は、自分の身体にホースを巻いてポンと見せてるようなものなんだな」


土方巽を被写体とした「鎌鼬」は、若い頃の土方を見て驚く。こんな若者だったんだ。後年のあのおどろおどろしい感じがなくて、かわいいといってもさしつかえないような青年だ。
出合った時、土方31歳、細江26歳だったという。


「おとこと女」の光と影のコントラストや黒バックの前の女性の体のエッジの立ち上がり。戸外を走る土方巽の一瞬を斜め俯瞰から撮った一枚。大胆な空の焼き込み。そういったライティングのテクニックや構図や紙焼きの手法に多くの写真家がどれほど憧れ、自分も試してみたことだろうか。そして、いまやそれらは古臭く感じられるほどあたりまえの手法になっている。細江英公は大家でありながら、日本の写真界の身近な教師だったのかもしれない。
なんて、写真展観たんだから、なにか写真について書かなくてはと思って書いてはみたが、やはり、細江英公の写真は被写体についてあれこれおしゃべりながら観るのが楽しい。


年表に、英公という名前は、14歳のときに自分で考えてつけた名前であると説明があった。名を為す人というのは、なにかしらそういうところがあるものだと感心した。